著書「ナイチンゲール 空気感染対策の母」について

ナイチンゲール空気感染対策の母 ナイチンゲール

一昨年ナイチンゲールの伝記を出版しましたが、売れ行きはさっぱりのようです(>_<)
AMAZONの書評も全然でしたが、今回やっと一人の方の書評がありました。かなりほめてもらってますし、いい意味で本の意義をまとめてくださってます。(ヒュースモールについては私は評価していませんが)ありがたいです
いろんな方に寄贈しましたが、一人を除いて書評をいただけませんでした(愚痴です)
増刷もないようなので、とりあえず正誤表をアップしました。
ナイチンゲール「空気感染」対策の母正誤表2024.6.5修正箇所

将来消えるかもしれないので、この方の書評をコピーしました

vogelsang

2024年4月29日に日本でレビュー済み

Amazonで購入
著者は、感染症専門医として臨床の傍らCDCガイドラインの日本での普及に携わり、このコロナ禍ではエアロゾル感染対策を率先して提唱してきた方。30年来フロレンス・ナイチンゲール(以下、FNと略)を密かに研究してきた著者が満を持してコロナ禍で看護雑誌に1年間連載し、その記事を書籍化したのが本書である。現場の看護師・看護教員を対象読者層としており、平易な文体で読みやすい。
 通俗的なFN伝は、FNが突然変異的天才として登場して近代看護を確立したかのような偉人伝になりがちであるが、著者は年月をかけて多数の文献を読み込んだ蓄積を元に、幅広い視野からFNを捉えている。FNの家系の特徴、FNに影響を与えたキリスト教ユニテリアン派の思想やユニテリアン派人脈、シスモンディ、ケトレ、スノウら同時代の思想家・科学者群像を手際よく整理している。家系図、地図、年表、グラフ、概念図など多数の明快な図表で長年の研究の蓄積を分かりやすく整理して惜しみなく提供してくれている。随所で感染症専門家としての本領を発揮し、「クリミア熱」(ブルセラ症)とその後の慢性症状で外出もままならなくなるFNの症例を丁寧に解説してくれている。それだけでも、日本でナイチンゲールに関心がある者必携の書である。
 さて本書の肝は、FNの看護論を「空気感染」対策として読み取る第4章と、FNによる近代看護の原理の発見が、いつ、どこでだったのか、そしてそれは何だったのかを推理する第7章である。(実はそういう、近代看護誕生の史実解釈の根底部分が、いまなお論争の焦点なのだ)。
 FNの 『看護覚書』(1860)は、日本ではほぼすべての看護学生が(海外でも多くの看護学生が)一度は課題図書として読まされると言ってよい基本文献であるが、これを感染対策論として学ぼうと思って読む看護学生、感染対策論として教える看護教員はまずいない。なぜなら、病原体説(germ theory)が勝利して以来100年以上、それは“タブー”な読み方だからである。FNは瘴気説(miasma theory)という今では“非科学的”として医学史では軽蔑の対象とされる理論を信奉していた。そのことを看護教育においては“腫れ物には触らないように”と避けて通る扱いがされてきた。なぜならFNの瘴気説を重要視すればするほどFNのなす議論は“非科学的”で無効なものとされ、FNの“非科学性”を言いつのってFNの名誉を損なうことになりかねないと思われたからである。FNの瘴気説はナイチンゲール看護論の全体像にとって取るに足らないエピソードとして扱う暗黙の習わしが看護界にできあがった。その結果、現代の読者には「飛沫感染症」(換気は重視されない)とされる猩紅熱(溶連菌感染)、ジフテリア、百日咳などにFNはなぜ換気!換気!とこだわるのか?と、感染対策論として読もうとするとFNの言うことはたんに時代遅れでトンチンカンなものにしか見えなくなってしまうのだ。
 他方、FNの功績とされるクリミア戦争での病院死亡率低下は、FNのクリミア到着後ではなく衛生委員会到着後にもたらされた。看護学界隈では、一般にはクリミア戦争中の病院の衛生改革(それが衛生委員会によってもたらされたことをぼかす、または衛生委員会の招集はFNの依頼だったかのようにほのめかす、また、奏功した衛生改革が瘴気説にもとづくことはぼかす)でFNが功績をあげ、そのとき近代看護が誕生(クリミア戦争前か、戦争中か、戦争後かはぼかす)のが定番だったのである。
 1)FNの瘴気説のFN看護論における位置づけは何か。2)FNによる近代看護は、いつどこでどんなものとして誕生したのか。この2つの問いがFN解釈の、また看護史解釈の根本問題としてくすぶり続けている。
(この2つにHugh Small1998が解答を与え新たなFN像を提示しているのだが、看護界の逆鱗に触れ、今なお排斥されている。)
 著者は現代のエアロゾル感染対策の視点からFNの感染対策論に合理的解釈を与えて本格的に論じ、第4章と第7章でこの2つの問いに著者なりの回答を与えている。
 おりしもコロナ禍の経験を経てWHO,米国CDCは従来の「飛沫感染」に偏った呼吸器感染症の感染経路の概念を廃し、エアロゾル感染を軸に新たな空気感染の考え方を打ち出そうとしている。本書はあらたな空気感染概念と歩調を合わせてFNの看護論を現代的な空気感染対策と接合しようとするものだ。
 百年のタブーを破ってFNの瘴気説を正面から受け止めようとする本書が広く読まれることを希望する。
 FN当時の瘴気説とコンタギオ説の科学論争について真剣に検討した科学史研究としてはたとえば小川眞里子2016『病原菌と国家―ヴィクトリア時代の衛生・科学・政治―』がある。そこにはFNの協力者William Farrの「発酵病(zymotic disease)」理論の解説もある。今後は、本格的な思想史研究の方法論に基づいて、このレベルの客観性と解像度で瘴気説の意義を再検討するFN研究が望まれる。本書が新時代のFN研究への一歩となることを期待したい。
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