福岡大学病院・感染対策室 向野賢治
著者が院内感染症サーベイランスに興味を持ったのは、1994年9月シカゴで開催されたSHEAとCDCの主催による病院疫学研修コース(5日間)に参加してからである。感染対策活動に行き詰まりを感じていた私は、この研修に参加して「院内感染サーベイランスをベースにして感染対策を行なうことSurveillance-based
infection controlの重要性」について大きく啓発された。CDCの「隔離予防策のガイドライン」がまもなく改訂されると聞いたのも、この研修会においてであった。このときの研修では、ターゲットサーベイランスはほとんど強調されていなかった。福大病院のICTは1995年6月からCDCの疾患定義に基づいて、全病院的サーベイランスを始めることになった。
1.全病院的サーベイランスHospital-wide surveillance
1995年6月から1996年3月のデータは日本感染症学会で発表し、Infection
Control Hospital Epidemiology誌に掲載された1)。全病院的サーベイランスによって、消化器外科病棟や血液内科病棟でとくにMRSA感染症が多発していることが分かった。しかし、院内の傾向性を知るにはいい方法であるが、果たしてその病棟の感染対策が不十分なために多発したのか、あるいはハイリスクの重症患者が多い病棟であるために多発したかは、判定できそうになかった。まして当院の院内感染症発生数が他施設に比して多いのか少ないのか知ることはできないと考えられた。また、全病棟のデータを収集し解析する労力は巨大なものであり、得られる成果は少ないと思われた。
2.全病院的サーベイランスからターゲットサーベイランスへ
CDCが全病院的サーベイランスからターゲットサーベイランスに転換してきていることを知り、救いを得た気がした。Pottingerはこう述べている2)「われわれは、ほとんどの感染対策プログラムは全病院的サーベイランスを実施すべきではないと信じている。そのかわりにサーベイランスを特定の感染症、病原体、患者集団に対して限定すべきである。われわれは感染対策スタッフは、防止可能であり、しばしば発生し、重篤な病態を引き起こし、死亡率を上昇させ、治療が高価であり、あるいは多剤耐性菌によって引き起こされるような感染症に焦点を当てるべきであると勧告する。」英国保健省の病院感染対策ガイドラインには次の記載がある3)。「われわれは病院全体についてのすべての院内感染症の総合的データを収集することは実施不可能でまた不必要であると考えており、したがって、これを実施しないことを勧告している」CDCはNNIS(全米院内感染サーベイランス)システムのSemiannual
Reportの序文で次のように述べている4)。「1999年1月、全病院的要素Hospital-wide componentはNNISシステムから除かれた。これはいくつかの理由でなされた。全病院的要素はほとんどの病院、特にハイリスク患者の多い病院ではかなりの時間と資源を必要とする。結果として不正確で不適当な症例調査となる。さらに重要なことは、全病院的要素はリスク調整されていないために、全国的に比較するための意味のある率をもたらすことはなかった。」
こうして、当院においても、同様の方針でサーベイランスを継続することを決定した。
2.ターゲットサーベイランスの試み
1998年6月から、リンクナースとともに当院においてターゲットサーベイランスを開始した。全22病棟のうち、21病棟が参加した。データ収集は各病棟に配置されたリンクナースであり、当院のICNがデータをデータをチェックした。方法は、とりあえずNNISの方法をそのまま行なった。疾患定義はNNISマニュアルを参照した。感染率計算方法はNNISの方法を採用した。感染率はNNISの方法に準じ、SSIでは(感染症の発生件数/手術件数)×100、カテーテル関連感染症では、(感染症の発生件数/カテーテル留置日数)×1000で表した。しかし、この時点では、器具利用率device utilization ratioのデータは収集していない。また、SSIについては、創分類、ASAスコアなどのリスクインデックスは取り入れていなかった。手術部位感染症(SSI)、中心静脈カテーテル血流感染症(BSI)、尿道留置カテーテル尿路感染症(UTI)の3つのカテゴリーついて1999年3月まで調査した。ベンチレーター関連肺炎は症例が少ないので行わなかった。
SSIの発生率は、53症例/1,925手術件数×100=2.75だった。BSIの発生率は、50症例/9,151のべ留置日数×1000=5.5、UTIの発生率は19症例/3,374のべ留置日数×1000=5.6であった。診療科別に見ると、SSIは消化器外科で最も高く、感染率は9.4であった。BSIは小児科で最も高く、感染率は11.4であった。UTIは脳外科で最も高く、感染率は11.7であった。平均値について、NNISのパーセンタイル分布4)と比較してみると、ほぼ中央値に位置していた。しかし、感染率の高い部署は、パーセンタイル分布でもHigh outlinerであった。しかし、そのリスク分析はまだなされていない。起炎菌の内訳は、SSIではMRSAが32.6%, CNS 14.0%で、カンジダが2.3%(1例)であった。BSIでは、MRSA 39.6%、CNS 16.7%、カンジダ10.4%(5例)であった。UTIでは、緑膿菌、エンテロバクター、セラチアがそれぞれ18.2%、カンジダが13.6%(3例)であった。この結果は1999年8月香港で開催されたアジア太平洋院内感染対策会議で発表し、年度始めの院内感染対策委員会においても報告した。感染対策室のホームページ(http://www.med.fukuoka-u.ac.jp/infect_c/index-j.html)に掲載し、職員はいつでも閲覧できるようにした。
3. ターゲットサーベイランスの現状と問題点
当初は21病棟で始めたものの、今年度は5病棟に減らした。なぜなら、現時点ではデータ処理とフィードバックのシステムが必ずしもうまく作動していないし、リンクナースに過大な負担がかかるからである。そこで、まずモデルとなる病棟でシステムを軌道に乗せ、それを漸次拡大させたいと考えている。
まず、救命救急センターでは厚生化学省の院内感染症プロジェクト(ICU部門)に参加し、これに連動する形で行なっている。収集すべきデータが膨大なので、リンクナース、ICN、大学院生が共同で担当している。
二つの外科病棟でJNISと連動して、SSIのサーベイランスを行なっている。JNISの書式を基に、データを収集している。創分類の判定にあいまいな点があることや、退院30日間の追跡調査が確実に実施できていない等の問題がある。
BSIについては、循環器内病棟CCUにおいて、SHEAとCDCの共同プロジェクト、Evaluation of
processes and indicators in infection controlに参加した(1998〜1999年)。現在、筆者の所属する血液内科病棟において中心静脈〜末梢ラインを含めて、BSIのサーベイランスを継続している。ターゲットを何に絞るか(たとえば、三方活栓、ヘパリンロック、刺入部位)どこまでデータを収集すべきか(たとえば、使用抗生剤)等、未解決の問題が多い。
さいごに
ターゲットサーベイランスといえども、詳細に分析されなければ全く意味がない。データを解析する余裕がないときは、サーベイランスを始めるべきではない。解析されなかったデータは、労力と資源の無駄使いであったということになる。慎重な計画と周到な準備ののちにサーベイランスを始めてもけして遅くはない。
文献
1.
Kono K, et al. Epidemiology of nosocomial infectionsat Fukuoka
University Hospital, Infect Control Hosp Epidemiol 2000;21:304-305.
2.
Pottinger JM, Basic of surveillance. Infect Control Hosp Epidemiol
1997;18:513-527
3.
向野賢治、イギリス厚生省とCDCのガイドライン、医学のあゆみ、185;967-969,
1998.
4.
CDC, NNIS Semiannual Report. December 1999. http://www.cdc.gov/ncidod/hip/NNIS/dec99sar.pdf
(Infection Control 2001年6月号、メディカ出版)