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足立拓也先生エボラ総説

特にPPE着用と関連のある部分を下記に載せました(太字・リンクは引用者による).

(224p)
治療センターでは,汚染区域(hot zone)と非汚染区域(cold zone)を厳密に区画し,hot zoneに入るとスタッフは,軽装の上下とゴム長靴の上にボディスーツ型ガウン,厚手エプロン,二重手袋,N95マスク,フェイスシールドを装着した(Fig. 1).エボラ出血熱の感染様式を考慮すれば,直接的な身体接触を避け,偶発的な体液飛散を防御できればよいことから, WHO指針はサージカルマスクも可としているが,N95マスクの十分な供給量があったことからサージカルマスクに切り替えるには至らなかった.フェイスシールドに代えてゴーグルを試したことがあったが,高温多湿の環境では曇りやすく,静脈路確保の際に針先や血管が見えず,足元に落ちている異物が見えないなどかえって危険なため,結局ゴーグルではなくフェイスシールドを選択した.一方,筆者(加藤,古宮)が派遣されたリベリアの首都MonroviaのJohn F. Kennedy記念病院エボラ治療ユニットでは,皮膚が露出しないことを重視し,ゴーグルを使用した。

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(225p)
Hot zoneでは毎日大量の消毒液が必要になるため,蛇口を取り付けた大型バケツの中に0.5%次亜塩素酸水を常に補充した.患者を一人診察するごとに肉眼的汚染の有無にかかわらず,外手袋を次亜塩素酸水で洗い流してから外手袋のみ取り替えて,次の患者を診察した. Hot zoneから出るときには,消毒班の立ち合いのもと,個人防護具を一点ずつ取り外し,各操作の間には手袋表面を次亜塩素酸水で洗い流し,汚染を体表に残さないようにした. Cold zoneには,偶発的な汚染に備えて0.05% 次亜塩素酸水の入った蛇口付バケツを各所に置き,必要に応じて手指を消毒できるようにした.使用済の個人防護具をはじめ,毎日大量の廃棄物が発生したが,地面に大きな穴を掘り,廃棄物を積み上げ,燃料をかけて焼却した.本来なら大型の焼却炉があればよかったが,燃え残りが堆積したり散乱したりして,理想的とは言えない状況であった. 

治療は基本的にWHO「ウイルス性出血熱患者の臨床管理」ポケットガイドによった。入院患者は多かれ少なかれ脱水があったが、患者一人あたりに使える診察時間は限られており,かつ医療者自身の針刺しリスクを最小化するため,比較的軽症の患者は経口補水液(oral rehydration solution : ORS)の摂取を励行し,垂症患者はリングル液による経静脈輸液を行った.マラリア迅速診断キットで重複感染が見つかれば,マラリア治療を行った.重症例に広域抗菌薬を投与したこともあったが,効果は不明である.モノクローナル抗体製剤などの実験的治療薬は,筆者が派遣された時点で現地では人手不可能であり,患者への投与は考慮の対象外であった.

 診療班は毎日2回の回診を行った.多数の重症患者がいたが,診療録の経過用紙はほぼ白紙であった.患者はhot zone にいるが診療録はcold zone にあり,個人防護具を装着してhot zoneに入り, 50人前後の患者を診察してcold zoneに出てきたときに、どの患者にどんな所見があり,どんな治療をしたか思い出すのはほとんど不可能である.筆者が現地入りしたときの診療状況は,回診時に患者一人あたりに割く1分間ほどの,その場の診断と治療がすべてであり,患者ごとに一貫した治療方針が継続される保証はなかった.そこで,患者ごとに経過シート1枚を作成してhot zoneに置き,毎日の症状,身体所見,治療をごく簡潔に記入して,病状経過が次に回診した医師に分かるようにした。

(226p)
現地の医療従事者が感染した直接的原因は特定されていない. 以下のような複合的要因が考えられている.

 ・予測以上の流行規模,増え続ける患者数に対する,明らかな診療要員不足

 ・Hot zone で多数の患者に単独で対応したこと

 ・厳重な個人防護具による身体活動制限と視界不良

 ・頻発する個人防護具の在庫切れ

 ・長期化するアウトブレイク対応で蓄積した身体的・精神的疲弊

 ・治療センター責任者の感染と不在による指揮命令系統の機能不全

(227p)
Kenema国立病院では,経験年数の浅い看護師よりむしろ,看護師長をはじめとする熟練の看護師で感染が多発した. 6月から10月までの期間にシエラレオネから報告された医療従事者の感染199例の分析では,単なる個人防護具装着手順の違反と言うより,職員訓練,物資調達,施設整備,患者トリアージ,厳格なゾーニング,廃棄物処理といった,感染対策の手法が全体として十分機能していなかったことが示唆されている. 現場の診療要員は決定的に不足していた一方で,患者は次々と運び込まれ,切迫した中で患者対応せざるを得なかった状況が,さらなる感染連鎖を生んだ構図と言える.

 エボラ出血熱は,重篤な症状,高い致死率,二次感染の可能性から,感染対策には十分な注意が必要であるが,エボラウイルスの感染様式には既に分かっていた知見もある.

1995年のコンゴ民主共和国Kikwitにおける流行で,患者の同居家族173名の二次発病の有無とリスク因子を詳細に調査した研究によれば,潜伏期の患者の身体に直接接触しても感染リスクは増加せず,患者の発病後であっても身体や体液に直接触れていない同居家族には二次発病者はいなかった.

(228p)
これらの結果より,急性期,とりわけ重症患者の嘔吐物・下痢便・血液の取り扱いには特に注意が必要であり,また皮膚や粘膜への直接接触を避けるため適切に個人防護具を着用することが望ましい.一方,潜伏期の感染者と身体接触があったとしても二次感染リスクにつながるものではないし,回復期患者の体液からは急速にウイルスは消失して感染性は失われる.ただし,回復期であっても授乳と性行為は潜在的な感染リスクがあることは,患者への指導が必要である.

(中略)

 流行国の対策から得られる教訓を,以下のようにまとめた.

1.患者収容施設ではhot zoneとcold zoneを明確に区別する.

2.Hot zoneで個人防護具を着用している人は,患者対応に専念する.外回りスタッフはhot zoneにいる人を常にサポートし,孤立させない.

3.Hot zone/cold zone間の意思伝達手段を確保する.診療録をどうやって記録するか.

4. Hot zoneの医薬品・医療材料の在庫を切らさない.

5.個人防護具は,手袋・ガウン・マスク・眼保護が基本形.視界がよいこと,作業しやすいことも重要.

6.明確なトリアージ基準を持ち,患者トリアージと隔離を速やかに行う.

7.急性期患者の嘔吐物・下痢便・血液を扱うときは,最大の注意を払う.できるかぎり複数のスタップで対応する.

8.医療従事者の士気を保つことは,きわめて重要.

 エボラ出血熱は,我が国を含む先進国では,これまでどこか遠い国の謎めいた熱帯病と考えられてきた.今回の大規模な流行に際して,現地では多数の重症患者に適切な医療を提供しようとする努力と,臨床医学・疫学・ウイルス学の知見を集積して疾患の本質を解明するための試みが続いている.本稿が日本の関係者にとって,理にかなった疾患対策を実践する一助になることを願うものである.

H27.4.2