2008. 6. 29 日経メディカル・オンライン

採血器具使い回し問題の核心

「使い回し」問題に見る厚労省のダメさとマスコミの怖さ

旭 利彦=フリーライター


 「まず、これ読んでみて。理解できると思う?」と、都内で内科医を開業する50代後半の男性医師は書類を突き出す。「『微量採血のための穿刺器具(針の周辺部がディスポーザブルタイプでないもの)の取扱いに係る周知徹底及び調査の実施について(依頼)』に関する追加情報」という役所らしく長いタイトルの、2008年6月6日付の厚生労働省医政局総務課医薬食品安全対策課の事務連絡だ。

 「ここに今回の調査対象器具が『針の周辺部分がディスポーザブルタイプでないもの』とあって、備考に『個人の使用に限り、複数人使用不可(「針」を交換しても「針の周辺」に付着する血液からの感染が否定できないため)』と書いてある。これってどういう意味? 個人の使用に限る、これは分かる、それなのに複数人と出てくる。そりゃ使用不可でしょ。このように、お役所の文書は医療現場の人間が理解できるように全く書かれていない。調査じゃなくて『使うな』と言えばいいんだよ。そもそも厚労省は…」

 医師が憤ることになる発端は、5月22日、島根県益田市の診療所「おちハートクリニック」(越智弘院長)で起こった事件。今年4月末までの1カ月間、糖尿病患者ら計37人に採血用の穿刺器具を使い回していたことが発覚し、肝炎などの感染の恐れがあるとして大騒ぎとなった。

 同クリニックが使用していた器具は「マルチクリックス」(ロシュ・ダイアグノスティックス)という、本来、糖尿病患者が個人使用するためのペン型の穿刺器具だ。ドラムに6本の針が内蔵されており、患者が使用する際に手で回して新しい針に取り換える仕組みになっている。同クリニックではこれを複数患者の微量採血に使用。しかも針が1回使用ごとに自動的に交換されると勘違いし、結果として、3月28日から4月30日まで、同じ針を37人の患者らに「使い回し」してしまった。

 これを重く見た厚労省は、5月22日付で「採血用穿刺器具(針の周辺部分がディスポーザブルタイプでないもの)の取扱いについて」とする文書で注意を喚起した。だが、この後、事態は思わぬ方向に進展していくことになる。同じタイプの採血用穿刺器具の「使い回し」が多くの医療機関が行われていることが続々明らかになったのだ。ただし、それは「針」ではない。針の深さを調整するためにあるキャップの部分の使い回しだ。

実は、厚労省は2006年3月、「採血用穿刺器具(針の周辺部がディスポーザブルタイプではないもの)の取り扱いについて」とした通知を出し、このタイプの器具を複数患者に使用しないよう、すなわち使い回さないよう、注意を促している。「針」を交換しても「針周辺」に付着する血液からの感染が否定できないため、というのがその理由である(参考資料)

 さらにこの問題がマスコミで大きく報道されると、同じ文脈で、健康診断などの一般の採血で使われる「採血管ホルダー」の使い回しを追及するメディアが出てきた。いずれにせよ、いつの間にか“使い回し問題”は最初の「針」から「針周辺」にすり替わってしまったのだ。

 キャップやホルダーの複数回使用は、この問題が起こるまで、医療機関で普通に行われていたようだ。個人用のペン型器具は、糖尿病教室や健康イベントなどでの微量採血で、消毒の上、複数回使用していたケースが中心。ホルダーについては、さらに常識だ。

 前出の医師は言う。「今は煮沸しても『使い回し』と言われるから1回ごとに捨てていけど、これまではホルダーは何回も使っていた。もちろんホルダーに血液が付く可能性はある。でも、それを言うんだったら、シーツだって1回ごとに捨てるしかない」

 「今回の一件でホルダーが品薄になっている。そもそもホルダーを毎回捨てるというのは、リスクの大きさを考えたとき、バランスとしてどうなのかと思う。島根県のケースは通常は考えられない極端な例。それがいつの間にか、これまで誰も気にしていなかったことにすり替えられ、問題として騒がれている。マスコミって怖いねえ」とにらまれた。