南山堂「戸田細菌学」175-178page

皮膚の正常細菌叢についてはこう記載しています。

1)皮膚

 

顔面,頸部,腋窩,陰部などの皮膚に,とくに多くの細菌がみられる.グラム陽性の表皮ブドウ球菌,Micrococcus,それに毛包管内に生息する嫌気性のPropionibacteriumなどがおもなものであるが,それに加えて真菌のCandida属やPityrosporum属なども存在する.またStreptococcusなども認められることがある.皮膚1cm2当たりの菌数は通常103104度であるが,多いところでは105くらいがみられ,これを十分に消毒すれば一時的にはほとんど無菌に近くなるが,問もなく毛包管や汗腺などから残存した菌が出現して元に戻る.

 

全文は下記の通り。

 

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10 常在微生物叢

 

A 常在微生物叢の分布とその影響

 

動物は胎内に存在するときは通常無菌的である(胎盤を通じて感染する能力をもつ微生物も一部には存在するが).しかしいったんこの世に生まれてくると,ただちに各種の微生物の定着が始まり,とくに皮膚や粘膜など外界と接する部分には一定の微生物群(圧倒的多数は細菌であるが,真菌,ウイルス,原虫なども存在する)が認められるようになる.これらの微生物群は一括して常在微生物叢indigenous microbial flora(またはmicrobiota)とよばれ,いろいろ

な影響を宿主である動物に与えることになる.細菌だけをとりあげる場合には,常在細菌叢あるいは正常細菌叢 norma1bacterialfloraという言葉も用いられる.

この常在微生物叢を構成する微生物の種類や数は,個人により,また身体の各場所により異なり,また同じヒトでも時問的な変動が認められ,必ずしも一定不変ではない.ただし,腸管における大腸菌やBacteroides,口腔内におけるα溶血性あるいは非溶血性のレンサ球菌,皮膚の表皮ブドウ球菌などのようにほとんどすべての人問にコンスタントに存在するものが多い.しかし一方では鼻前庭部における黄色ブドウ球菌のように必ずしもすべての人問から分離されるとは限らないものも存在する.

これらの常在微生物は通常は宿主に目に見える形での害を与えず,むしろ相利共生の状態にあり,他の病原菌の侵入を防ぐなどの利益を与えているが,一方では宿主の抵抗力が落ちたときには内因感染の原因になるなどの不利益ももたらしている.

 

1.生体への影響

 

1)生体に有利に働く場合

 

8)拮抗現象antagonism

 

人体各所における常在微生物の数や種類は,栄養源の得やすさ,宿主の分泌する各種の抗微生物因子の存在,酸素分圧などのほか,微生物どうしの相互作用(発育に必要な栄養素摂取の競合,他の菌の発育を阻害する物質の産生,あるいは粘膜表面への定着をめぐっての競合な)など,種々の要因によって影響を受ける.したがってすでにできあがって平衡状態を保っている場所に,新たな病原菌が侵入してきても,常にその場所に定着し感染を成立させうるとはかぎらない.ところが,抗生物質の大量投与などによりこの平衡状態が崩れると,その抗生物質に影響されない細菌や真菌などが隙問を埋める形で異常に増殖し,感染がひき起こされることがある.このような例としてはブドウ球菌やClostridium difficileによる腸炎やカンジダ症などが有名であり,菌交代症として知られている.

 

b)免疫系刺激作用

 

常在微生物をまったく有しない無菌飼育動物においては,一般に体液中の免疫グロブリンの量は低く,また細胞免疫も低いレベルにあるといわれている.常在細菌の存在はこれらの免疫系を刺激し,免疫応答能力や感染抵抗性の付与に役立っている.

 

c)発膏素産生

 

常在微生物とくに腸管に生息する菌のあるものは,その代謝の結果ビオチン,リボフラビン,ニコチン酸,パントテン酸,ピリドキシンなどを産生しており,その一部は宿主である動物に利用されている.したがって抗生物質の長期投与によりビタミン不足が起こることがある。

 

2)生体に不利に働く場合

 

a)感染源source of infection

 

常在微生物叢を構成する微生物は別に(p-177)述べるようにしばしば感染の原因となる.自己のもつ微生物による感染を内因感染endogenous infectionというが,このような内因感染はとくに抵抗力の弱った宿主で起こりやすい(日和見感染).また一般的にこれらの微生物は本来の存在箇所では病原性を発揮できないが,別の箇所に移動すると感染を起こすことが多い.たとえば口腔内レンサ球菌が抜歯により血中に入り,亜急性心内膜炎を起こすなどはその1例であり,異所性感染とよばれる.

 

b)協同作用synergism

 

拮抗現象とは反対に,ある種の細菌どうしが共存することによって相互に発育や生存が促進される場合がある.たとえばペニシリナーゼ産生のブドウ球菌が淋菌と共存すると,淋菌をペニシリンの作用から守ることがある.好気性菌や通性嫌気性菌と嫌気性菌が共存すると,2者により酸素が消費され嫌気性菌の感染が可能になる,などが知られている.

 

c)宿主の老化,発癌などに与える影響

 

無菌飼育動物は普通の動物に比べ1,5倍ほど長命であることが知られている.このことから正常微生物叢,とくに腸内菌の存在は宿主の老化や寿命にも大きな影響を与えていることが予測されている.動物が摂取したタンパクなどの含窒素化合物は,腸内菌によって代謝され,アンモニア,アミン,ニトロソ化合物,硫化水素,フェノール,ステロイド化合物など生体に有害な物質となり,細菌毒素などと一緒にその一部は吸収されて老化や発癌に影響を与えるのであろうと考えられる.

 

2.身体各所における常在微生物

 

ヒトは胎内では原則的に無菌の状態にあるが,出産時に母親の産道でまず微生物の汚染を受け,その後環境からの汚染がさらに加わり,生後きわめて早い時期から微生物叢の定着が始まる.身体各所における常在細菌の種類を表I-10-1に示すが,その様相は,,年齢,生活環,食事内容などによっても異なる.

 

1)皮膚

 

顔面,頸部,腋窩,陰部などの皮膚に,とくに多くの細菌がみられる.グラム陽性の表皮ブドウ球菌,Micrococcus,それに毛包管内に生息する嫌気性のPropionibacteriumなどがおもなものであるが,それに加えて真菌のCandida属やPityrosporum属なども存在する.またStreptococcusなども認められることがある.皮膚1cm2当たりの菌数は通常103104度であるが,多いところでは105くらいがみられ,これを十分に消毒すれば一時的にはほとんど無菌に近くなるが,問もなく毛包管や汗腺などから残存した菌が出現して元に戻る.

 

2)眼結膜

 

眼結膜はリゾチームに富む涙で常時洗浄されているので,菌は少ないかほとんど検出されない.検出されるものとしてはCorynebacterium,Streptococcus,Staphylococcus, epidermidis, Haemophilusなどがある.

 

3)鼻咽腔

 

鼻咽腔には多数の微生物が存在する.まず鼻前庭部にはStaphylococcus epidermidisのほか、S.aureusがしばしば見いだされる.このS. aureusは病院内感染における感染源として重要視される.粘膜でおおわれた固有鼻腔には,Staphylococcus, Corynebacteriumなどが存在するが,鼻腔は多くの呼吸器系感染症の原因微生物の入口であるため,一時的にではあるが.各種病原微生物が定着する場所でもある.そのようなものとしてはStreptococcus pneumoniae,Haemophilus influenzae, Neiseria meningitidesなどがある.これらの菌が定着しても,必ずしも宿主は発病するとはかぎらない.このような比較的病原性の強い細菌の定着を常在細菌と考えるか,あるいは保菌者と考えるかは微妙なところである.咽頭部にはStreptocossus(α溶血性もしくは非溶血性,ときにβ溶血性)、Neisseria, Branhamella,Corynebacteriumなどが存在する.気管,気管支,肺胞などの下部気道には菌は少ない.気管や気管支においては上皮細胞の線毛の運動によって微生物は排出され,肺胞では肺胞マクロファージにより処理されるためである.

 

4)口腔

 

口腔内の微生物叢についてはう蝕や歯周病(歯槽膿漏)などとの関係が深いので項を改めてとりあげる(p.179).

 

5)消化管

 

胃においては酸のためほとんどの微生物は生存できない.しかし胃・十二指腸潰瘍の原因菌

であるHelicobacter pyloriは成人が高率に保有している.小腸上部も胆汁や膵液などにより

微生物の数は少なく,Lactobacillus, Streptococcus, VeillonellaCandidaなどが少数にみられる程度であるが,下部にいくに従って菌種や菌数が増加し回腸の下部では大腸にみられる菌と同様なものが混在するようになる.回盲弁を境として大腸に至ると,菌叢に著しい変化が認められ,多種多数の菌が存在するようになる.糞便の重量の約1/3は細菌で占められるが,大腸における細菌叢は糞便のそれとほとんど同じであり,成人の場合27菌属,101菌種以上,合計して1014(100兆個)に及ぶ菌が生息する.I-10-2に示すようにそのおもなものは偏性嫌気性菌であり,Bacteroidesがもっとも多く,Bifidobacterium, Eubacterium, Peptostreptococcusなどがそれに続く.かつては腸内に生息する菌の代表のように考えられていた大腸菌Escherichia coliを含む腸内細菌科の菌は1g当たり108以下と全体の1%にも満たない.また,大腸菌とともに糞便汚染指標菌として知られるEnterococcusは大腸菌よりさらに少ないレベルにしか存在しない.

新生児においても生後1日目ですでに腸内菌叢の成立がみられるが,乳児(最近の研究によると母乳栄養児でも人工栄養児でもほぼ同じとされる)においてはBifidobacteriumが圧倒的多数を占めるといわれ,離乳を始めると成人のそれに近くなっていく.一方老人では総菌数およびBifidobacteriumの減少,Clostridium perfringensの増加などが認められている.

 

6)泌尿生殖器

 

正常の膀胱は無菌であるが尿道下部には少数の菌が認められる.Streptococcus, Enterococcus, E.coliを中心とする腸内細菌科,Bacteroides,場合によってはMycobacteriumなどが検出される.注意して採取された正常尿中の細菌数は104/ml以下であり,105/ml以上であれば感染が起こっていると判断される.尿路感染の原因菌としては(カテーテルなどによる院内感染を除けば)大腸菌がもっとも多いが,これは糞使からの汚染による.

膣内の細菌叢は性ホルモンによる影響を強く受けている.出産直後は母親からのエストロゲンの影響によりグリコーゲンが蓄積しており,Lactobacillusが定着しpHを酸性にするが,その後グリコーゲンは減少しpHが中性ないしアルカリ側に傾くと,Staphylocoss, Strepococcus, Corynebacterium類縁菌などが検出されるようになる. 思春期になると再び性ホルモンの影響を受けて上皮細胞ヘグリコーゲンが蓄積するようになり, Lactobacillusが優勢となる.このLactobacillusはデーデルラインDoder1einの膣桿菌ともよばれ,膣内容を酸性にするため多くの病原微生物の発育抑制に役立っていると、いわれ,これを腔の自浄作用という.そのほか少数ではあるが,Micrococcus, Staphylococcus epidermidis, Candida albicansなどが見いださ.れる.妊娠中の女性の1015%にはB群レンサ.球菌であるS.agalactieが認められるが,ときとして新生児の敗血症や髄膜炎を起こす原因となる.またCandida albicansが異常に増殖して炎症を起こすこともある.さらにMycoplasma, Ureaplasma,原虫であるTrichomonas vaginalisなども場合によっては認められる.外陰部は湿潤であるため,かなりの細菌が認められる.とくに女性の場合は腸内のフローラによって汚染されやすい.恥垢にはMycobacterum smegmatisが存在する.