HICA

John Pringle, Observations on the Diseases of the Army in Camp and Garrison,1752

セクションV 腐敗した空気から生じる病気を防止する方法

前の章で、陸軍に影響を与える腐敗した空気の力のすべてを列挙してきたが、われわれはここでそれぞれを特に除去低減させる手段に関する2,3の考えを提示したい。
はじめに、湿地の腐敗した空気、そして他の滞留した水に関して、湿った空気の論文で示唆した同じ防腐剤はここで応用できる大きな方法である。もし軍事作戦が陸軍にそのような地面での長期継続を強いるならば、最良の方法は頻繁に移動すること、一つの陣地に固定したままにしないことである。というのは、移動によって麦藁は変えられるし、人々はより運動するし、屋外トイレは残して出発するからである。屋外トイレというのは、赤痢が頻繁に発生することを考慮すると通常より以上に有害であるからである。

 湿った地面の野営地について、軍隊が危険な季節にそこに留まらなければならないならば、地面を半分乾燥のままにするよりも、地面全体をならす(float)ほうがよいであろう。というのは、水が浅ければ浅いほど、その腐敗も大きく、蒸発の度合いも大きいであろう。Helvoirtの連隊は、洪水を約半リーグ(2.4km)のみに抑えたが、隣接した部隊がいかにして湿地の上に顕著な病気もなしに横たわることができるのかを示す一例であった。とくに風が違った方向に蒸気を飛ばしてくれるなら。ジーランド島におけるMitchel少将の騎兵大隊、病的な地域におけるEyndhoven, Lind, Zelftの健康的な野営地は同じ性質の例をより多く提供した。いや、隣接する湿地からの悪性の蒸気の及ぶ範囲は、湿地の近くの町にのみ拡大し、流行性熱病を引き起こすが、一方、町の他の部分は健康的であるということがローマにおいて観察されてきた。このように、湿地から時々小さな移動をすることが一般的な病気の予防になる。しかし、それが軍務と矛盾しているならば、いくつかの大隊が送られたジーランド島に送られた1747年の会戦の時に起きたように;次に来る夏に、われわれの部隊が洪水の間に宿営したとき、われわれが拒否できないことを緩和することを受け入れねばならない。しかし、これは主に食事と運動によってなされるので、われわれがこれらの条項articlesを処理するようになるまで、われわれは規則rulesを延期するであろう。
赤痢が蔓延し始めるときはいつでも、最高の予防方法は野営地の屋外トイレ、汚い麦藁、その他の汚物を残して、その地を離れることである。:この方法は、軍事作戦と一致しているならば、一度や二度以上、さらに頻繁に繰り返される。あるいは、危険が大きくなくなる、少なくとも9月半ばまで。最初の回線はこの実践に強い根拠を提供した。というのは、Hanauで同じ土地に長期滞在したことが、赤痢の流行を持続させたが、野営をやめた途端に止んでしまったからである。1745年はジステンパーがこれまで知られた以上に軽微であったが、季節がその原因となるには涼しかっただけではなくて、軍隊がジステンパーに最もかかりやすい時期に軍隊の頻繁な移動があった。しかし、どんな環境でも地面を変えるのに不適切なら、そして赤痢が蔓延し始めたときは、その進行を抑制するために取られる別の方法があるに違いない。
それゆえ、赤痢の季節に空気の清浄を保つために、野営地周辺の至る所で(とくに屋外トイレ)休憩するすべての人に対し、幾分軽めの、しかし厳しく課せられる罰則を与える。さらに7月中旬以降、赤痢の蔓延が始まってからは、屋外トイレを通常以上に深くする。そして1日1回そこに投げ込まれる土の層を、窪みがほとんどいっぱいになるまで厚くする。それからそれらはよく覆われ、別の物が供給される。それはまた窪みを前か後ろに作らせるための適切な注意となるであろう。その時の安定した風が野営地からの悪臭を最もよく運び去ってくれるであろうから。さらに、麦藁を頻繁に交換することが必要である。それは腐りやすく、ジステンパーに罹った人からの感染性の流れを留めやすい。しかし、新鮮な麦藁が調達できないならば、以前指示したように、テントや古い麦藁の換気airingにより多くの注意が払われねばならない。
さいごに、病気が流行し始めたとき、病人をけして一つの普通の病院に送ってはならない。少なくとも空気を汚すことのできるだけの数のとき、感染を他人に伝播するだけではなく、彼らの間でそれを持続する。ドイツでの会戦を考慮し、1747年夏に起こったことと比較して言及された事実に注意を払うことによって、この規則は強く施行されるであろう。したがって、赤痢が流行しているときは、連隊付の外科医は野営地ではより軽症の症例を治療することになる。残りの症例はできるだけ多く、連隊の病院を受診し入院することになる。その病院はその時とくに広々として換気のよいspacious and airyものが選択される。農家の納屋や穀物倉のような場所は、蒸気が拡散しやすく、寒さの危険がない。というのは、気候というのはその季節では通常暖かいからである。総合病院については、連隊病院が都合よく収容できない者、軍と共に移動できない病人のみを受け入れるようにする。この病人の分散なしに、総合病院は悪い季節には数千人の負担をするかもしれない。そして、それはうまく入院できず、世間でこれまで考えられてきたよりもずっと多くの人手がいることになろう。しかしその反論が排除されても、一つだけの普通の病院を持つことはそれでもなお勧められないであろう。悪臭を放つジステンバーに罹患した非常に多くの人が一緒に混雑していることの結果として起こる、ほぼ確実な破滅状態を考慮すれば。
ほとんどすべての会戦を考慮し、病院熱hospital feverの恐ろしい影響について言及すると、わたしはそれに対するすべての予防策を使用する必要性を勧告はしない。その性質の特別な説明(それは第3部に相応しい)のもとに入ることなしに、私はここでその方法だけを提起する。それによってこのジステンバーは全く人の注目を持たないままかもしれないし、少なくともその接触感染性と危険性の程度を維持するかもしれない。これらの方法は二つの重要事項のもとに考慮される。一つは、病院の選択に関することであり、もう一つはその中における空気の正しいマネジメントである。
赤痢を治療するとき、野営地の近隣で調達された、最も換気が良く、広々とした家が病人には推奨された。今も同じ手段が病院熱を防止するであろう。そして、むしろ赤痢はそれを非常に引き起こしやすいので。このような場合には、狭くて暖かい家を探すことが普通であり、それゆえ小作人の家が納屋よりも好まれる。しかし、われわれは問題は空気であって熱ではない、空気こそ必要不可欠であることを経験によって確信している。この理由から、7月から10月までは、納屋、馬小屋、その他の離れ屋のみならず、とりわけ協会が最高の病院になるのである。これについては、1747年会戦において一例があった。その時はMaestrichtの大きな教会がその使用に当てられたのである。そしてそこでは汚れた傷、下痢便、その他の腐敗病を持つ100人以上がそこに3か月以上一緒に横たわったにもかかわらず(非常に暑い気候がほとんどであった時期)、この熱病は出現しなかったのである。そのためにわれわれはこれを一つのルールとして策定する、すなわち、われわれがより新鮮な空気を病院の中に入れれば入れるほど、この悪性のジステンバーが発生する危険はなくなる。
固定した野営地で遵守されるべきもう一つのポイントは、連隊病院は分散させること、一つの村に押し寄せないことである。そして同じ理由から、総合病院が一度に大人数を入院させることを義務付けられるべきであるなら、(そしてそれは長期の野営後の陸軍の申し立てのもと、頻繁にしなければならない)病人を一つの村に収容するのではなく、2つか3つの村に分散することは適切であろう。より狭い範囲が病院の経済にはよりよいだろうが。より便利であると同様。病人のより容易な看護のために。最大の危険は汚れた空気から来る。それは食事や医療によってけして埋め合わせすることはできない。ここでもう一度、われわれは常に運搬の必要性があることを教え込まねばならない。多くの病人が連隊と共に、荷馬車で容易に移動させれるように、すでに示された理由で。次の区別を追加することは必要かもしれない。会戦の最初の部分では、炎症性ジステンパーが流行するとき、たとえば病気にかかりそれから置き去りにされる、そのような症例は運動はほとんど許されない、そして同時にそれらに感染性はない。しかし夏の終わりから晩秋までに病気になった人は、腐敗性の病気を持っているが、運動には耐える、そして一般に換気によって回復する。それゆえ彼らはむしろ連隊と共に運搬され、分散される。一つの総合病院に集められ、感染を伝播してしまうよりも。
これらの連隊病院には最大の意義があるので、公共の店から毛布や医薬品、そして看護婦や他の必需品の割当量を供給することは妥当である。それらは戦場では維持できないだけではなく、冬季も維持できない。というのは、野営地を破壊するほどに常に非常に多くの病人がいる、組織の医療者によって世話することができる以上に。1743年の会戦では、約3000人が総合病院に残された。1747年の会戦では、冬季に入るときに、病気帰還者は4000人にのぼった。戦争の経過中、一人の医師が時々一度に700の病人の診察をした。その場合、病院は医師の名前が付いていた。彼の出勤にはほとんど利益はなかったけれど。しかし、想像してみてほしい、症例数に十分なほどに多くの医師が雇われたことを。そして、介護の他のすべての部分の釣り合いが取れていたことを。それでも集まった大勢の人々は、空気を腐敗させることによって、彼らの労働のほとんどを効果のないものにしてしまうだろう。これが実際に起こってきたことから容易に想像されることである。というのは、最初の会戦の病院における伝染病の死亡率以上のものを除外し、中間以降の残りを取っても、それらには普通に悪い空気のそんな度合いがあった。実践をほとんど見込みのないものしてしまうように。最も好意的な計算によっても、私は全入院患者のうち、死んだ人の10人に一人以下に計算することはできなかった。さらに良い空気の機会が多ければ多いほど、連隊病院から生じるさらに多くの利益があった。そこでは、それぞれの外科医が、病気の状況と同様、患者の体格と気質に最もよく精通している。そして医師がどんな難しい症例でもなお頻繁に診察し、あるいは定期的に訪問するので、病人を治療する方法に対してなされる異議申し立ては起こりえない。そして治療がなされるときはいつも非常に成功してきたことが分かった。大総合病院の通常のものよりも。外科医が彼らの連隊の病院に参加することをもっとできるようにするために、戦時中に必要なことは、各自に一人の追加的な仲間を与えることである。というのは、病人があまりに多すぎて一人ではよく世話ができないことがしばしば起こるに違いないからである。その上、病的な季節では一人や二人はすぐに病気になりうる。
次にわれわれは総合病院について検討する。それには二つの種類がある、すなわち、flying hospital、それは一定の便利な距離で野営地に随行する。もう一つは、stationary hospital、それは一つの場所に固定されている。この二つの選択において、調査する人に真剣に推奨したいことは病棟ができるだけ広くて、風通しのよいようになっていることである。夏には暖かさは不足してないし、冬にはそれは火によって主に調達されることを覚えていてほしい。また村よりも町で総合病院を持つほうがより良いであろう。町はより大きな病棟を提供するだろうし、それに他の便利さもたくさんある。
病院の性質について、空気の清浄を保つことに関していえば、最良の原則は各病棟に非常に少ない患者を入院させることである。そうすれば人は悪い空気の危険と無縁であり、2~3倍の数の収容する部屋があると想像できるかもしれない。天井が低い時、それらのいくつかの部分を除去すること、そして屋根裏部屋の階を屋根瓦へと開くことは、また都合のよい方法であることがわかるであろう。混雑した狭い病棟では空気が少ない日数でいかに腐敗するかということは、信じられないほどである。悪を改善することをより何が困難にしているのかといえば、それは空気のためにいつでも戸や窓を開く必要性を看護婦や病人自身を説得することの不可能さにある。私はいつもこれらの病棟が、壊れた窓の修理がされていないことによって、空気を締め出すことができないときに、最も健康的であることを見出してきた。
それゆえ、暖炉がないとき、最も大きな保存剤は、Dr. Halesの換気装置の使用にある。その内のいくつかは病院用に作製されたようで、容易に持ち運ぶのに十分小さい。それらによってわれわれはすべての病棟の空気の完全な清浄化を期待することができるかもしれない。そしてそれらを働かせることは回復期患者のよい運動になるであろう。換気装置がより小さなサイズなので、運ぶのに便利であり、同じものが輸送船の中で使用できるかもしれない。
冬の病院では、病棟は煙突によって暖められる。けしてストーブではない。というのは、ストーブは大きな病棟をより良く暖められるし、費用も少ないけれども、空気の流れを作ることには乏しいので、その腐敗性を助長しやすい。それに対して煙突で維持される炉火は安定した換気装置のように作動する。
換気装置が使用されるなら、他の予防策はそれほど必要ではない。しかし、使用されないなら、空気の浄化を助ける他のものを頼らなければならない。これらのうち最も一般的なものは、フランキンセンス(乳香)、木材、ジュニパー(杜松)の液果類、その他の樹脂、防腐性植物を燃やすことである。酢の蒸気はこのような場合にしばしば推奨されるが、この目的のための最も良い答えであろう。しかし、他の燃やすもののようには、広範囲に拡散はしないので、これまではあまり試されなかった。硫黄や火薬を燃やすことも著者らによって言及されているが、このような場合には大変有用である。これらの酸性蒸気は最後の答えになるようである。

(追記)
私は著名な発明家からの次の説明文を気に入っている。私は今回彼にコンサルトした。

町の民家における、臨時陸軍病院の病室の汚れた空気を引き出す方法についてのいくつかの考え

これらの部屋から空気を引き出すのは不適切のように見えるので、部屋の間の廊下に設置された、小さな移動可能の換気装置によって、というのは引き出された汚れた空気はすぐにこれらの廊下から病室に戻ってくるので、それをするのに私の心に浮かんだ最もよい方法は、釘ではなく(騒音のため)ネジでしっかりと固定した板を各部屋の外の窓の上に取り付けることである。この板には丸い穴があり、その反対側のガラスには、窓から地上の小さな換気装置に達する十分な長さの胴体を持つサイズの、それを通して汚れた空気は部屋の外に引き出され、戸に新鮮な空気が入ってくる。これは、適切と考えられる1日の頻度で繰り返される。
窓に取り付けられた板の両方に穴があることは必要条件であろう。そして胴体の同様の丸い開口部を受けるために丸く作られた換気装置の側に、そしてその方法によって、同じ胴体は異なる高さの窓に役立つ。多かれ少なかれ斜めに取り付けられることによって。こうして、すなわち、z、 窓の端末、x、換気装置に取り付けられる端末。

換気のための管

より高い窓には、異なる長さで、互いに結合するように作られた胴体があるかもしれない。これらの胴体は薄いモミの板(約5インチ)で作製されるので、胴体の形において互いに釘を打つ必要がない。使われるまで。そしてそのために小さな範囲で横たわる。
この目的のためには、非常に小さな換気装置で十分であろう。すなわち、約5フィートの長さ、20インチの幅と深さ、私の換気装置の本に記述しているように。 2015.6.14作成